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入賞デビューコンサート レビュー

音楽評論家:道下京子


東京国際音楽コンクールは1967年に第1回が始まり、〈指揮〉については3年ごとに開催されている。
昨年で第19回を迎えたこのコンクールには、49カ国から331名のエントリーがあった。7名が第1次予選通過し、9月29日と30日の第2次予選に進出した。そのなかから4名が同年10月3日のファイナルに挑んだ。

ファイナルでは、ジョゼ・ソアーレスがブラジル出身者として初めて優勝し、第2位はフランスのサミー・ラシッド、第3位はイギリスのバーティー・ベイジェント、そして米田覚士が入選であった。

2022年7月5日に開催された同コンクールの入賞デビュー コンサート「指揮コン×N響」には、第1位から第3位の入賞者が出演する予定であった。
しかし、第3位のベイジェントは直前になって新型コロナウイルス感染症に関わる入国制限のため入国できず、入選者の米田の出演が急遽決まった。ファイナルと同じ東京オペラシティコンサートホールには、多くの聴衆が訪れた。


プログラム冒頭は、米田覚士。1996年生まれ、東京藝大指揮科を卒業し、指揮を高関健、鈴木織衛、小田野宏之に師事し、パーヴォ・ヤルヴィのマスタークラスや山田和樹の指揮法講座を受講している。



この日演奏したのは、ファイナルでも取り上げたチャイコフスキー《幻想的序曲「ロメオとジュリエット」》。ファイナルでは、思い切りの良さとともに、積極的な音楽作りが印象的であった。このコンサートでも、自身の思考を音楽に織り込んでいく姿がとても頼もしく感じられた。最初の方はやや硬さがあったと思うが、終盤にはホール全体がうねるような響きに包まれる。音楽の響きや色合いに、もう少し繊細さが欲しかった。みずからの主張を音楽で表現できる指揮者であり、彼のような積極性のある音楽家は、日本人には決して多くはない。今後の活躍を期待したい。


続いて登場したのは、サミー・ラシッド。1993年生まれで、チェリストとして活動し、カルテット・アロドのメンバーとしてミュンヘン国際音楽コンクールなどで優勝。昨年、指揮者に転向し、マチュー・ヘルツォークに師事。すでに、今年のヴェルビエ音楽祭の指揮フェローにも選ばれている。



ワーグナー《楽劇「トリスタンとイゾルデ」》より「前奏曲と愛の死」を披露した。前奏曲における楽器間の対話の巧みさや、旋律線の多様にして繊細な歌わせ方は見事である。デリケートな息遣いや大胆な音の遠近の表出を通して、緊密な音楽を構築していく。低弦楽器の弱音や旋律の滑らかな表現に魅力を感じ、「愛の死」においても鈍重さはなく、むしろ流麗さが際立ち、濃密さとともに清らかな情感を漂わせる。終盤でも、あたたかく透き通るようなサウンドを生み出していた。非常に洗練されたタクトで、それぞれの楽器の使い方や音楽の構造を緻密に捉えた丁寧な演奏は、コンクールでも抜きん出ていた。この日の3人のなかで最も充実した演奏であったと思う。


休憩を挟んで、ジョゼ・ソアーレスが登場。1998年生まれで、サンパウロ大学で作曲を学ぶ。指揮をクラウディオ・クルスに師事し、パルヌ音楽祭でパーヴォ・ヤルヴィに学び、マリン・オルソップやアレクサンダー・リープライヒらにも教えを受けた。現在、ミナス・ジェライス・フィルハーモニー管弦楽団でアソシエイト・コンダクターを務める。



彼はシューマン《交響曲 第1番「春」》を全曲演奏した。この日も、彼の音楽には明るく活力あふれるサウンドと切れ味鋭いリズムがみなぎっていた。ことに、鮮やかな律動性は、ソアーレスの指揮における命ともいえる。また、主題の性格を大胆に表わし、音楽の構成を大きく引き立てる。隅々まで音をよく鳴り響かせ、シューマンの輻輳(ふくそう)とした楽想をきれいに描き上げていた。一方で、内面の深い陰影や音楽の奥行きの広さも欲しいところである。


3人の指揮を大いに堪能することができたのは、NHK交響楽団の献身的かつ高度に優れたアンサンブルがあったからと言える。それぞれの個性を忠実に反映した見事な演奏であった。