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HOME > NEWS > <19th> 参加者プロフィル vol.2

第1次予選参加者のプロフィル&インタビューを掲載します。
今回は鈴木 衛さん(日本)、ミハイル・メリングさん(ロシア)、石坂 幸治さん(日本)を紹介します。
<掲載は順不同、以下敬称略>




鈴木 衛 (日本)

鈴木衛(スズキ マモル) 1990年3月22日生

東京音楽大学指揮科を卒業後、上野学園大学で研鑽を積む。2017年から日本フィルハーモニー交響楽団でピエタリ・インキネンのアシスタントを務める。その他、2016年より京都市ジュニアオーケストラの副指揮者を4年間務めた。これまでに、広島交響楽団や静岡交響楽団(現・富士山静岡交響楽団)、広島ウインドオーケストラなどで指揮をした。指揮を広上淳一、下野竜也、汐澤安彦、田代俊文、三河正典、大河内雅彦、船橋洋介に師事。


1)音楽に興味を持ち始めたのは何歳くらいのことでしたか? また、それはどんなことがきっかけでしたか。

両親が歌謡曲を好きで、幼少の頃から家の中では歌謡曲のCDを聴いたり、家族で歌番組をよく観たりしていたのを覚えています。しかし、クラシック音楽とはほとんど関わりがありませんでした。

小学4年生で部活動に参加できるようになりましたが、特に入りたい部活が見つからず帰宅部にしようと考えていました。しかし、ある日クラスの友人から「吹奏楽部に入りたいのだけれど、一緒に入ってくれないか」と誘われて体験入部に行くことになりました。当時は歯の治療をしていたので打楽器パートの担当になりました。これが「歌詞のない音楽」である器楽との出会いでした。

当初は入部して少し経ったら辞めるつもりでしたが、皆で合奏する楽しさや器楽の面白さに惹かれ、気がつけば高校時代まで続けていました。

2)これまで演奏したことのある楽器と、それを始めた年齢、どこで始めたかを教えてください。

・打楽器、9歳から吹奏楽部で。
・ピアノ、14歳から個人レッスンで。
・ヴァイオリン、18歳から大学の副科レッスンで。

3)なぜ指揮者を目指そうと考えたのですか?

私の中学校では、毎学期末に行われる保護者会で学年合唱を披露するならわしがあり、1年生の学年末の保護者会で私のクラスがその担当になりました。合唱関係の取りまとめをする「歌声委員」という委員会に入っていた私は、クラスの帰りの会で皆にピアニストと指揮者の立候補を呼びかけました。

ピアニストはすぐ決まりましたが、指揮者がなかなか決まりません。その時、クラスメイトが私に「吹奏楽部に入っているのだから、指揮者やってみたら?」と。やるつもりがまったくなかったので驚きましたが、クラスの皆もそれに賛同したので、渋々引き受けました。

音楽の先生に指揮を教えてもらい、練習を重ねて迎えた本番では「音のシャワーを全身で浴びながら、音楽を両手で抱えている」というような今までに体験したことのない不思議な感覚を覚え、いつしか「また指揮をしてみたい」と思うようになりました。

これが私の指揮者を目指すきっかけです。

4)もし指揮者として活動していなかったとしたら、今何をしていると思いますか?

きっとシンガーソングライターを目指していたと思います。

5)指揮者にとって大事なことは何だと思いますか? 

まずは、何よりも音楽が好きであることだと思います。
これは指揮者に限らず音楽家全体に当てはまるかもしれませんが、現場でのリハーサルや演奏会で指揮をする前に、準備しなければならないことがたくさんあります。演奏会の曲目の検討や譜面の版の選択に始まり、楽曲の研究、リハーサル計画の立案、演奏会に向けた打ち合わせや広報活動などなど……です。
音楽というのは生き物であり、人間同士が創り上げていくものですので、そのような準備をきちんと重ねて臨んだとしても、結果としてうまくいくこともあれば、残念ながらそうでないこともあります。
何があってもくじけずに前を向いていかなくてはいけませんので、当たり前のことかもしれませんが、やはり音楽が好きであることが一番大切だと感じています。

もう一つは、前述した通り音楽は人間同士が創り上げていくものであり、特に指揮者は演奏してくださる方々がいなければ何もできません。たとえば誰かとおしゃべりをしたり、仲間と一緒に何かにチャレンジするのが楽しかったり……そんなふうに「人」を好きであるのも大切なことだと思います。

6)東京国際音楽コンクール〈指揮〉に参加しようと思った経緯を教えてください。

確か高校生の時だったと記憶していますが、テレビでこのコンクールの特集番組を放送しており、それを観てこのコンクールの存在を知りました。その番組を観た時から、私にとってはこのコンクールが一つの大きな目標となりましたので、今回も応募しました。

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Mikhail Mering / ミハイル・メリング (ロシア)

Mikhail MERING(ミハイル・メリング) 1991年10月2日生

チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院卒業。コストロマ交響楽団でアシスタント・コンダクターを務めたのち、2016年からヴラディーミル・ポンキンに指揮を師事。ボリショイ劇場室内オーケストラなどで指揮をしている。また、クラリネット奏者として活動しており、イヴァン・モズゴヴェンコ、フィリップ・キュペに師事。ソリストとしてモスクワ・ヴィルトゥオージ室内管弦楽団やチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ、東京交響楽団などと共演している。


1)音楽に興味を持ち始めたのは何歳くらいのことでしたか? また、それはどんなことがきっかけでしたか。

私はとても幼い頃から音楽に興味を持っていました。私の母は、もちろん、音楽を学ぶことをとても応援してくれました。そして4歳の時、グネーシン音楽学校に入学しました。

2)これまで演奏したことのある楽器を教えてください。

4歳の時は手がとても小さかったので、リコーダーを学ぶことから始めました。9歳の時にクラリネットに変えて、今も吹き続けています。

3)なぜ指揮者を目指そうと考えたのですか?

指揮者になることは、幼い頃から私の夢のひとつでした。学校に通っていた頃は、音楽を学んでいる友達と一緒に小さなオーケストラを組み、指揮をしていました。それはとても楽しい思い出です。その後、私がフランスでクラリネットを学んでいた時には、卓越したオーケストラに参加することができ、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーやトゥガン・ソヒエフなど素晴らしい指揮者に出会いました。彼らは指揮をする情熱を教えてくれました。また、私はモスクワ音楽大学の指揮科に入学し、ウラジミール・ポンキンに師事しました。

4)もし指揮者として活動していなかったとしたら、今何をしていると思いますか?

クラリネット奏者か、医師です。

5)指揮者にとって大事なことは何だと思いますか? 

音楽構造に関する深い知識、つまり形式の分析、和声分析、歴史的背景の認識との組み合わせ。
生来のリーダーシップスキル。
情熱。

6)東京国際音楽コンクール〈指揮〉に参加しようと思った経緯を教えてください。

このコンクールのことは友達から聞きました。とても権威のあるコンクールであることを知り、参加を決めたのです。また、クラリネット奏者として何度か日本を訪れたことがあり、日本文化がとても好きだからです。

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石坂 幸治 (日本)

石坂幸治(イシザカ コウジ) 1993年3月11日生

東京藝術大学音楽学部指揮科卒業。チューリヒ芸術大学大学院やウィーン市立音楽芸術大学大学院などで学ぶ。沼尻竜典オペラ指揮者セミナー修了コンサートで大阪交響楽団を指揮。ルツェルン歌劇場、リリックオペラスタジオワイマール、フィレンツェ歌劇場オペラアカデミーのコレペティトゥアを歴任。ヴッパータール歌劇場ではコレペティトゥア兼音楽監督のアシスタントを務め、オペラ《魔笛》などを指揮。尾高忠明、高関健、下野竜也、ヨルマ・パヌラ、ダグラス・ボストック、ヨハネス・シュレーフリらに師事。


1)音楽に興味を持ち始めたのは何歳くらいのことでしたか? また、それはどんなことがきっかけでしたか。

ピアノを弾きたいと親にお願いして、4歳からレッスンに通い始めました。家にあったおもちゃのキーボードで遊ぶのが好きだったからだと思います。といっても音感があったわけではなく、叩くと音が出るのが嬉しかったのではないでしょうか。初めてピアノの先生の家に伺ったときに、何か弾けますか? と聞かれてめちゃくちゃな演奏を披露しましたが、それがとても楽しかったのを覚えています。
クラシック音楽を本当に好きになったのは中学校に入る少し前くらいからで、ショパンの「英雄ポロネーズ」がきっかけです。お小遣いで初めて買ったクラシックのCDはショパンでした。その後少ししてホロヴィッツの演奏に出会い衝撃を受け、それ以来クラシック音楽の魅力にハマっていきました。

2)これまで演奏したことのある楽器と、それを始めた年齢、どこで始めたかを教えてください。

4歳からピアノを個人レッスンで、12歳からトロンボーンを中学校の吹奏楽部で始めました。
ドイツの劇場でコレペティトゥア(オペラの稽古ピアニスト)として働き始めてからは、チェンバロ、フォルテピアノ、チェレスタ、ポジティブオルガン、ハーモニウムなどの鍵盤楽器を弾いてきました。

3)なぜ指揮者を目指そうと考えたのですか?

人生で初めて指揮をしたのは、高校の吹奏楽部で学生指揮者になったときです。大人数で演奏をつくりあげていくことに魅力と喜びを感じました。指揮者によって音が変わるという経験もとても面白いなと思っていました。
また、高校3年生のときに上岡敏之さん指揮のヴッパータール交響楽団の演奏会を聴きに行ったのですが、音楽が始まってすぐに涙がこぼれ落ちてきたのを覚えています。忘れられない感動的な時間でした。上岡さんの記事をいろいろと読んでいく中で、コレペティトゥアという職業のこと、昔の指揮者はコレペティトゥアを経験していた人が多かったことを知りました。本当に偶然なのですが様々な幸運が重なって、現在はヴッパータールの劇場でコレペティトゥアとして働き、指揮者を目指しています。

4)もし指揮者として活動していなかったとしたら、今何をしていると思いますか?

もし指揮者を目指していなくても、学校の音楽の先生か、何かしら音楽に携われる仕事を探していたと思います。

5)指揮者にとって大事なことは何だと思いますか? 

尊敬する方々を見ていて感じる「指揮者にとって大事なこと」は、まず第1に音楽への愛情です。自分が愛する音楽をもっともっと深く追求し、演奏者や聴衆と共有したいという気持ちが指揮活動の原点だと考えるからです。
また、指揮者は楽器ではなく、楽器を演奏する奏者を相手にし、対話を重ねながらまとめていく仕事です。だから、大人数とコミュニケーションをとれる力もとても大切だと思います。

6)東京国際音楽コンクール〈指揮〉に参加しようと思った経緯を教えてください。

日本で指揮科の学生として学んでいたので、コンクールのことは以前から知っていました。
参加するのはもう少し勉強して経験を積んでからと考えていたので、応募するのはとても悩みました。でもコロナ禍によって世界中で様々なチャンスがなくなっている中、コンクールを開催していただけるのは本当に貴重な機会ですし、ヨーロッパで学んだことや積み重ねてきた経験をもとに挑戦してみたい気持ちが芽生え、応募しました。

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