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文:城間勉(音楽ライター)
2024年に開催された「東京国際指揮者コンクール」は、世界37カ国・地域から291名の若き精鋭が集い、その技を競った。この7月10日、同コンクールの「入賞デビューコンサート」がサントリーホールで開催され、3人の入賞者がNHK交響楽団と共演して新世代の才能を披露した。コンサートの冒頭では、審査委員長・尾高忠明が登場しスピーチ。激しい雷雨の天候に、「田園交響曲にすればよかった」と場を和ませる一幕も。また「朝比奈(隆)先生に呼ばれてビーフカレーをご馳走になり、気づいたら審査委員長を任されていた」との笑い話を披露したほか、故・秋山和慶氏への追悼、山田和樹と沖澤のどか等日本人指揮者の活躍も語られた。共演のN響は若手指揮者に妥協せず厳しい姿勢で臨むことで知られるが、「今日は怖くありませんよ」と語り、場内に笑いを誘った。
三者三様、未来を担う新鮮な音楽性を披露
吉﨑理乃(第3位 特別賞・齋藤秀雄賞)
ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)
最初に登壇した吉﨑は、作品のまとめ方が丁寧で心地よかった。吉﨑は東京藝大大学院で高関健と山下一史に学んだ。つまり小澤征爾や秋山和慶の孫弟子になるわけだ。この「火の鳥」では、とくに前半での丁寧なアンサンブルと音色のブレンド感が美しく、低弦もくせのない自然な表情付け。このまま安定感重視のアプローチを貫くのかと思いきや、後半にかけてダイナミックな表現をもって攻め込む。メリハリあるテンポ設定の良さも際立つ。天を突くような金管の力感、ヴァイオリンのクレッシェンドも計算され尽くされているようで、クライマックスへの巧妙な運び方にこの人の魅力が現われていた。「カスチェイの踊り」など、もっとワイルド感を打ち出してもいいのでは?とも思ったが、作品全体を俯瞰して終始ぶれることのない構成力こそが彼女の美点なのだろう。デリカシーに溢れた管楽器の扱いと中庸なテンポが印象的だったので機会があれば、ラヴェルの音楽なども聴いてみたい。
※吉﨑の吉は”土に口”
ライリー・コート=ウッド(第2位 聴衆賞)
ガーシュウィン:パリのアメリカ人
次に登場したのが聴衆賞を勝ち取ったコート=ウッド。ギルドホール音楽演劇学校で、最初はヴァイオリンを学び、その後王立ノーザン音楽大学で指揮を学んだという。現在はBBCスコティッシュ交響楽団でアシスタントを務めている。「《パリのアメリカ人》は自分にとって大切な作品で、作品のもつ色彩豊かなオーケストラの響きを楽しんでほしい」とプログラムにメッセージを残している通り、溌剌とした音楽づくりを展開し、曲のせいかとにかくヴィヴィッドなサウンドが愉しい。そしてガーシュウィンならではのジャズ的なイディオムの生かし方も抜群に上手く、ジャジーなムードが濃厚ゆえ、パリの色彩よりニューヨークを感じさせる場面もあったのは面白い(これは作品のせいなのか、指揮者のセンスゆえか判断できないが)。前述の吉﨑同様に管楽器のコントロールが絶妙で、軽快さといくぶんダークな音色をも表出して飽きない。近代・現代作品で本領を発揮するタイプかと思われ、今後も楽しみ。
コルニリオス・ミハイリディス(第1位 オーケストラ賞)
ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調 Op.68
1989年ギリシャ出身の指揮者・ピアニスト。アシスタントを務めた後、現在では欧州の様々なオーケストラで指揮している。またテアトル・レアル(マドリード)で名作オペラなども振るなど、すでに本格的にプロとして活動し着実に経験を積んでいることが演奏を聴いてすぐに伝わってくる。ブラームスの第1番の交響曲では、とかく威圧的で力感を押出す解釈が多いが、ミハイリディスのブラームスは旋律線のしなやかさを重視する。といって、過度に歌いすぎることもなく、常に造形感のしっかりとした音楽は格調高い。それは第2楽章に顕著で、深みのあるしっとりとした弦の響きは心に残る。終楽章における、のびやかな旋律線とコーダでの雄大な広がり、そして早すぎず重すぎず、常に音楽的なテンポ設定は素晴らしく、彼の高い才能を感じた。ストイックで堅固な枠に収まった美だけが、ブラームスの特質ではないだろう。ミハイリディスのように凛として且つ流麗な音楽性は、多くのファンに歓迎されることを確信する。彼の持ち味からすればブラームスの第2番の交響曲でも名演を聴かせてくれるはずだ。